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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)3964号 判決 1958年5月14日

原告 原田一雄

被告 大田建物興業株式会社 外三名

主文

被告大田建物興業株式会社は原告に対し、別紙第一目録記載の建物につき所有権移転登記手続をせよ。

被告大田建物興業株式会社は原告に対し、原告の同被告に対する金二一万七〇二〇円の支払と引換えに別紙第三目録(一)記載の建物部分の明渡及び同目録(二)記載の建物部分の引渡並びに別紙第二目録記載の土地の引渡をせよ。

被告大田建物興業株式会社は原告に対し、昭和三十一年六月二日以降前項の土地明渡済に至る迄一箇月金七〇〇円の割合による金員の支払をせよ。

被告天明喜一は原告に対し、別紙第三目録(一)記載の建物部分の明渡をせよ。

原告の被告大田建物興業株式会社に対するその余の請求及び被告小宮喜一、同渡辺功に対する各請求はいずれも、これを棄却する。

訴訟費用中原告と被告大田建物興業株式会社及び同天明喜一との間に生じた部分は右被告らの負担としその余の部分は原告の負担とする。

第三、四項に限り、本判決確定前に執行できる。

事実

一、原告訴訟代理人は先ず、

(一)  被告大田建物興業株式会社は原告に対し別紙第一目録記載の建物を収去して別紙第二目録記載の土地を明渡し、かつ、昭和三十一年六月二日以降右土地明渡済に至る迄一箇月金七〇〇円の割合による金員の支払をせよ。

(二)  被告天明喜一、同小宮喜一及び同渡辺功は原告に対し、それぞれ前項の建物中別紙第三目録記載の部分から退去せよ。

(三)  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求める旨申立て、次いで右の請求が認容されないときは

(一)  被告大田建物興業株式会社は原告に対し別紙第一目録記載の建物につき所有権移転登記手続をせよ。

(二)  被告大田建物興業株式会社は原告に対し前項の建物及び別紙第二目録記載の土地を明渡し、かつ昭和三十一年六月二日以降右土地明渡済に至るまで一箇月金七〇〇円の割合による金員の支払をせよ。

(三)  被告天明喜一、同小宮喜一及び同渡辺功は原告に対し第一項記載の建物のうち別紙第三目録記載の各部分の明渡をせよ。

との判決を求める旨申立て、その請求の原因として次のとおり陳述した。

(一)  別紙第二目録記載の土地はもと原田善五郎の所有であつたが、同人は昭和二十一年三月死亡し、原告が家督相続により所有権を取得したものであるところ、被告大田建物興業株式会社(以下被告会社と略称する)は右土地上に別紙第一目録記載の建物を所有して右土地を占有し、その余の被告三名はそれぞれ右建物中別紙第三目録表示の各部分を使用して原告の土地所有権を妨害している。そして昭和三十年七月以降の右土地の相当賃料は一箇月金七〇〇円であるから、右土地の所有権に基き、被告会社に対しては右建物を収去して右土地を明渡し、かつ、訴状送達の日の翌日である昭和三十一年六月二日以降右明渡済に至る迄右賃料額相当の損害金の支払を求め、その余の被告に対してはそれぞれ右建物中前記各占有部分から退去することを求める。

(二)  仮に被告会社の建物買取請求権の行使及び留置権の行使が認容されるときは、同被告に対して本件建物の所有権移転登記手続をすること並びに本件土地及び建物の明渡を求め、かつ、前項の金員を不当利得金として請求し、その余の被告らに対しては前記各建物占有部分の明渡を求める。

二、被告ら訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、原告の請求原因に対する答弁として次のとおり陳述した。

(一)  原告主張事実は全部認める。しかし亡原田善五郎は昭和十一年九月一日訴外志賀満雄に対し本件土地四五坪を賃貸期間を昭和三十一年九月一日迄と定めて建物所有の目的で賃貸し、以後訴外志賀は右土地を本件建物の敷地として使用していたが、同人は事業に失敗したため被告会社に対し本件建物の買受方を申入れて来たので、被告会社がこれを昭和三十一年三月七日買受け、同日受付をもつてその所有権移転登記手続を了し、本件土地の借地権譲受につき原告に承諾を求めようとしたところ、原告が応じない態度を示したため、被告会社は原告を相手方として昭和三十一年五月二十五日大森簡易裁判所に対して調停を申立てた。右の調停は結局成立の見込がつかなかつたので被告会社において同年九月十三日これを取下げたのであるが、元来原告は自己において営業の用に供している不動産のほかにその所有不動産を他に賃貸し、賃料収入のみを目的としているのに反し、被告会社は既に本件建物に約一五〇万円を投じてパチンコ遊技場を経営し、その他の被告はいずれも本件建物に居住して営業に従事しているので、本件建物の存否は被告会社の存立及びその他の被告の生活に重大な影響を及ぼすところ、訴外志賀は本件土地につき賃料を延滞したことも土地の使用方法を変更したこともない善良な賃借人であつたし、被告会社が本件建物の所有権を取得したのは、同訴外人に対する融資の返済を受けられなかつたため同人の要求に応じて買受けたものであつて、他意があるわけではなく、本件建物買受後も訴外志賀の所有時代と同様パチンコ遊技場経営のために使用し、店舗を改修したほかは増築もせず、本件土地の使用方法は同訴外人の賃借中と全く同一である。しかも原告は他の賃貸土地については従来常に建物の譲渡に因る借地権譲渡の承諾を与え、これを拒否した例がない。従つて原告としては本件土地についてもこれを被告会社が借用することによつて何らの損害も不利益も受けないのであるから、被告会社に対し借地権譲受の承諾を拒絶するのは権利の濫用にほかならない。従つて原告は右の借地権譲受を承諾する義務を負うものと言うべく、従つて少くとも前記の調停事件における第一回期日たる昭和三十一年七月七日において被告会社との間に訴外志賀との間におけると同一の条件で賃貸借契約が成立したと言うべきである。

(二)  仮に被告会社の右の借地権譲受につき原告の承諾が得られなかつたとすれば、被告会社は原告に対し本件において(昭和三十二年二月二十八日の口頭弁論期日に)本件建物を時価で買取ることを請求する。右の時価は一八五万円である。そこで被告会社は右買取代金の支払を受ける迄本件建物に対して留置権を行使する。

(三)  被告小宮は訴外志賀から本件建物中別紙第三目録記載の同被告占有部分を賃借してこれを使用中のものであり、被告渡辺は被告小宮の女婿であつて右訴外人の承諾を得て右建物部分に同被告と同居しているものであるから、いずれも本件の買受人である被告会社に対し右の被告小宮の賃借権をもつて対抗し得るものであつたところ、被告会社の前記建物買取請求権の行使により、更に新所有者である原告に対しても右の賃借権をもつて対抗し得るものである。

三、原告訴訟代理人は前項の抗弁に対し次のとおり陳述した。

(一)  被告らの前記二、の(一)の主張事実中、亡原田善五郎が訴外志賀満雄と被告ら主張のとおりの賃貸借契約を結んだ事実、本件建物につき被告ら主張のとおりの所有権移転登記手続がなされた事実、被告会社がその主張のとおり調停の申立及び取下をした事実、原告が自己の営業に供する以外の所有不動産を他に賃貸し専ら賃料による収入を得ている事実及び原告が従前本件土地以外の賃貸土地につき地上建物の譲渡による借地権の譲渡を承諾しなかつたことがない事実はいずれも認めるが、訴外志賀と被告会社間の本件建物の売買は昭和三十一年二月頃なされたものである。その余の被告ら主張事実は知らない。原告が従前承諾した借地権譲渡は、いずれも事前に承諾を求められたものであり、又本件土地を含む大田区調布鵜ノ木町三〇八番の一、宅地二一八坪の土地は鵜ノ木駅の斜め正面に位置しているので、原告はかねてから右の土地上にマーケツト式店舗を建築することを計画し、訴外志賀に対し賃貸期間の更新を拒絶して返地を求める積りでいたのである。のみならず、訴外志賀は被告会社代表者である被告天明に対し被告会社に対する借金は原告から借りて返済するから本件建物に関する譲渡担保契約を解約したいと申入れたが、同被告は理由なく右の申入を拒絶し、又原告が昭和三十一年二月頃被告天明に対し本件建物を売渡してくれるよう申入れたのに対しても、同被告は応じなかつた。従つて同被告は本件建物の所有権移転登記手続をする以前において既に原告に借地権譲受の承諾をする意思がないことを知つており、又は当然知り得た筈であるから、原告が右の承諾をしないことが権利の濫用であるという被告らの主張は理由がない。

被告会社主張の本件建物の時価は争う。又被告らの前記二、の(三)の主張事実中、被告小宮が本件建物中別紙第三目録(二)記載の部分を訴外志賀から賃借し、被告渡辺と共に使用していた事実その後右両被告が右建物部分を被告会社から借受け、引続き使用している事実及び被告小宮と同渡辺の身分関係は認めるが、その余の主張事実は知らない。

(二)  亡原田善五郎と訴外志賀満雄の間の本件土地の賃貸借契約には、賃借人が賃貸人の承諾なく借地上の建物を他に売渡したときは、賃貸人は直ちに右賃貸借契約を解除し得る旨の特約が存した。そこで原告は訴外志賀に対し右の特約に基き同訴外人が前記のように本件建物を被告会社に売渡したことを理由として昭和三十一年三月三日右賃貸借契約を解除する旨の意思表示を発し、右の意思表示は翌四日同訴外人に到達した。従つて被告会社が同訴外人の賃借権を承継したとの被告らの主張は総て失当である。

(三)  仮に被告会社が原告に対し本件建物につき買取請求権を行使し得るとしても、被告会社はその主張するような留置権を行使し得ない。何故なら、留置権の被担保債権は既に弁済期にあることを要するところ、本件建物には東京法務局大森出張所昭和三十一年三月八日受付第六〇二四号をもつて訴外森田蔵のため債権元本限度額を五〇万円とする根抵当権設定登記がなされているから、原告は右根抵当につき滌除の手続を終える迄は買取代金の支払を拒絶する権利を有し、従つて、本件建物の買取代金の弁済期は未だ到来していないからである。

(四)  被告小宮及び同渡辺は、被告会社の本件土地の買取請求権の行使の結果、被告小宮の本件建物の一部に対する賃借権をもつて原告に対抗し得る旨主張するが、建物買取請求権の行使によつて形成される法律効果はその直接の当事者間にのみ及ぶものであつて、当該建物の賃借人には及ばないのであるから、土地の賃貸借が存続しない以上、地上建物の賃借人は、建物所有者が建物買取請求権を行使したと否とに拘らず、土地上の権利者に対し建物退去義務を負うものと言うべきである。

四、被告ら訴訟代理人は原告の右の主張に対し次のとおり陳述した。

(一)  原告の三、の(二)の主張事実はいずれも知らない。

(二)  仮に原告と訴外志賀との間の本件土地の賃貸借契約中に原告主張の契約解除条項があつたとしても、かゝる条項は公正証書中に一般に記載されているものであつて、右の賃貸借契約を記載した公正証書にかゝる条項が記載されていても、当事者間には必らずしも右の条項の拘束を受ける意思がないから、該条項は実質上当事者を拘束する力がない。従つてかゝる条項に基く原告の解除権の行使は有効な契約条項に基かないものであるからその効果を生じない。のみならず、右の契約は二〇年前になされたものであつて、民法第一条の改正された今日においては原告主張の特約の妥当性及び拘束力には疑問があり、しかも前記二、の(一)において主張した諸事実の存する本件においては、原告の解除権の行使は明らかに権利の濫用であるから、許されるべきでない。

(三)  仮に右の主張が理由がないとしても、本件土地賃貸借契約の解除後においても、被告小宮及び同渡辺は被告会社の建物買取請求権行使の結果建物賃借権をもつて原告に対抗し得るものというべきである。

五、原告訴訟代理人は被告らの右四、の(二)の主張に対し前記三、の(一)と同旨の陳述をした。

六、証拠

(一)  原告訴訟代理人は甲第一号証、甲第二号証の一、二及び甲第三、四号証を提出し、証人久保井清一の証言及び鑑定人松尾皐太郎の鑑定の結果を各援用し、乙号各証の成立を認め、乙第一号証を援用した。

(二)  被告ら訴訟代理人は乙第一ないし九号証を提出し、証人志賀満雄の証言、被告天明喜一本人尋問の結果及び鑑定人松尾皐太郎の鑑定の結果を各援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

別紙第二目録記載の土地はもと訴外原田善五郎の所有に属していたところ、同人は昭和十一年九月一日これを訴外志賀満雄に建物所有の目的で賃貸し、訴外志賀は右土地上に別紙第二目録記載の建物を所有していた事実、訴外原田善五郎は昭和二十一年三月死亡し、原告が家督相続により右土地の所有権を取得した事実、被告大田建物興業株式会社(以下被告会社と略称する)が右建物を訴外志賀から買い受け、昭和三十一年三月七日その所有権移転登記手続を了し、以来右土地を占有している事実及び被告天明喜一、同小宮喜一及び同渡辺功がそれぞれ右建物中別紙第三目録記載の各部分を現に占有している事実は、いずれも当事者間に争いがない。

被告らは被告会社が訴外志賀の右借地権を譲り受けたと主張するのに対し、原告は同訴外人との本件土地の賃貸借契約を解除した旨主張するので、先ず右解除の有無につき判断する。成立に争いのない甲第一号証(公正証書正本)第二号証の一(内容証明)、二(配達証明)の各記載によれば、原告と訴外志賀との本件土地の賃貸借契約には同訴外人が右土地上の所有建物を他に売る時は原告の書面による許諾を受けるべく、同訴外人がこれに違背したときは原告は直ちに右契約を解除し得ることとする特約が存したところ、原告は同訴外人に対し同訴外人と被告会社との前記本件建物の売買を理由として前記土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示を昭和三十一年三月三日附内容証明郵便をもつて発し、右の書面は同月四日同訴外人に到達した事実を認めることができ、他に右の認定を左右するに足りる証拠は存しない。右の事実によれば、原告と訴外志賀との本件土地の賃貸借契約は昭和三十一年三月四日限り解除されたと言うべきである。

被告らは右公正証書中の特約文言は例文にすぎないから効力がない旨主張するが、右土地賃貸借契約の当事者が右の約定に従う意思を有しなかつた事実について何らの証拠も存しないのみならず、一般に建物所有の目的でなされた土地賃貸借契約における賃借人が、借地上の建物を第三者に譲渡したときは、当該土地が譲渡された建物の敷地として相当なものである限り、同時に借地の転貸又は借地権譲渡が伴なうものと解すべきであつて、その限りでは右の約定は何ら特約と目すべきものでなく、しかも訴外志賀が原告から賃借していた本件土地の坪数は四五坪であり、同訴外人が右地上に所有していた本件建物は建坪二六坪二合五勺二階一〇坪二合五勺の店舗であるから、本件土地全部が本件建物の敷地であると認めるのを相当とし、従つて原告が特約に基くものとしてなした前記の賃貸借契約解除の意思表示は、まさに一般の転貸又は賃借権譲渡を理由とする賃貸借契約解除の意思表示にほかならないと解すべきであつて、被告らの右の主張は理由がない。

又被告らは原告の解除権の行使が権利の濫用である旨主張するが、その理由として主張するところは、原告の所有土地の利用法がこれを他に賃貸して賃料収入をはかることにある反面被告らは本件建物を生活の本拠としていること、訴外志賀が他に土地賃借人としての義務に違背した事実がなく、被告会社も同訴外人の土地使用方法をそのまゝ承継したこと及び原告は他の賃貸土地については従来借地権譲渡を拒否した事実がないこと等であつて、土地の賃貸借が地主と借地人との信頼関孫を基調とし、地主の借地人選択の自由が承認されるものである限り、特段の事由がない限り地主は借地権の譲渡につきこれを承諾すると否との自由を持つものというべく、右の被告ら主張事実を総合しても、原告の前記の契約解除が権利の濫用であるとは称し難い。のみならず、成立に争いのない甲第四号証(登記簿謄本)及び乙第九号証(売買並びに賃貸借契約公正証書謄本)の各記載に証人志賀満雄の証言及び被告会社代表者兼被告天明喜一本人尋問の結果を総合すると、被告会社の代表者である被告天明は、訴外志賀が本件土地を賃借した当初から、本件土地の所有者が原告の先代であつたこと、及びその後原告が本件土地の所有権を取得した事実を知つていたところ、昭和三十年四月頃右訴外人から金五〇万円の借用を申込まれた際、利息一箇月五分(金二万五千円)の条件でこれに応じ、しかも被告会社が貸金業の届出をしていないので、正式にかゝる高利の金融を帳簿に記載し得ないため、主として貸家業を行う被告会社が、本件建物を代金五〇万円で買い受けて右利息相当額の賃料を受取ることとし、しかも同時に売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記手続をなし、その本登記手続に必要な登記申請の委任状を交付させたにも拘らず、本件建物の隣家に居住する原告に対しては被告会社からも訴外志賀からも右の事実につき了解を求めず、殊に被告会社代表者天明は、右の契約の際志賀から本件建物の売買に伴う借地権の譲渡については原告の承諾を得ることが困難であることを告げられたので、尚更原告の了解を求める必要があつたにも拘らず、これを怠り、もしくは右の点を聞知したために殊更原告の了解を求めなかつたものであり、又同訴外人は同年末の返済期日をすぎても右の借金を返済し得なかつたため、被告会社に対し口頭で本件建物を売渡す旨の意思表示をなした上、昭和三十一年二月末頃被告会社から十数万円を受領し本件建物から立退いてこれを被告会社に明渡し(但し被告小宮及び同渡辺の占有部分を除く)、以後被告会社が本件建物の店舗部分を使用するに至つたが、右の明渡も原告に無断で行われた事実を認めることができ、又鑑定の結果によれば、本件建物の昭和三十二年九月現在における時価は、その敷地の場所的経済価値すなわち敷地の借地権を含め、店舗部分の空家としての価格が約一三三万円、賃貸中の住居部分の価格が約二九万円、合計約一六二万円とみるのを相当とするものであるから、昭和三十年四月当時及び昭和三十一年二月頃の価格も右と大差ないものと認められる。更にまた、証人久保井清一の証言に証人志賀満雄の証言の一部を加えれば、原告はかねてから賃貸期間満了後は本件土地の返還を受けて店舗を建設する計画を樹て、志賀に対してもその一部を使用させる方針をもつて交渉していた関係から、本件建物の所有権が志賀から被告会社に移転することを憂慮し、昭和三十一年二月中久保井清一の父を使者として被告会社の代表者たる被告天明に対し、志賀の債務元本に相当する金員を支払つて本件建物を取得しようと交渉をしたが、被告天明は、借地権譲渡の承諾を得る以外のいかなる解決案にも応じない態度で終始したため、交渉は何らの進展もみないで終了してしまつた事実を認めることができる。被告代表者兼被告天明喜一本人尋問の結果中右の認定に反する部分は措信し難く、他に右の認定を左右するに足りる証拠は存しない。右の諸事実によれば、原告が訴外志賀の本件建物の譲渡を理由として同訴外人との本件土地の賃貸借契約を解除する意思表示をしたことは何ら権利の濫用にあたらないと言うべきである。

従つて原告と訴外志賀との前記土地賃貸借契約は原告の同訴外人に対する前記契約解除の意思表示の到達によつて有効に解除されたものであるから、本件土地の賃借権譲渡(又は転貸)につき原告の承諾を得られなかつた被告会社は、原告に対し本件建物の買取請求権を有するものであるところ、被告会社訴訟代理人が原告訴訟代理人に対し昭和三十二年二月二十八日の本件口頭弁論期日において右買取請求権行使の意思表示をしたことは当裁判所に顕著な事実である。よつて同日右当事者間に本件建物の売買が成立したものであるところ、本件建物のうち別紙第三目録(二)記載の住居部分は後記のとおり被告小宮喜一及び同渡辺功が原告に対抗し得る賃借権を有するものであるから、右建物部分の時価は右賃借権の負担付のものとして評価すべきであり、前記鑑定の結果によれば、同年九月現在における時価は別紙第三目録(一)記載の店舖部分の権原のない使用者がある場合の固有価格が金九万六〇六〇円、同目録(二)記載の住居部分の賃借権付の場合の固有価格が金一二万〇九六〇円、合計金二一万七〇二〇円である(前記鑑定人の鑑定書中には、建物自体の固有価格を店舗部分一一万一三七五円、住居部分二六万八八〇〇円とし、これに各敷地の更地価格の八割に相当する建物の場所的経済価値を加算して建物の空家としての価格としているが、かゝる場所的経済価値は敷地の賃借権の価格に外ならず、借地法上の建物買取請求における買取価格には敷地の賃借権の価格を加えるべきでないから、これを除外し、右の各部分の建物自体の固有価格に、店舗部分については使用者のある場合の価値の減損を控除し、住居部分については賃借権者のある場合の価値の減損を控除して、上記の価格を算出した)ことが明らかであつて、本件買取請求時の時価も、右と異なるとみるべき資料は存しないので、右と同額であると認められる。従つて右金員の支払を受ける迄本件建物につき留置権を行使する旨の被告会社の抗弁も理由がある。

原告は、本件建物には訴外森田蔵のために根抵当権が設定されているから、原告がこれを滌除する迄本件建物の買取代金の支払を拒絶し得る旨主張する。しかし、一般に抵当権付不動産の所有権を取得した者が滌除権を行使するには、その所有権取得につき登記を経由する以外の要件は必要ではないのであつて、当該不動産の明渡を得ることは滌除権行使の要件ではない。しかも当該所有権取得者は滌除権を行使する義務を負うものでなく、又常に必らずこれを行使すべき必要性を有するものでもないから、当該不動産につき滌除権を行使して始めて代金の支払を拒絶し得るのであり、これを行使するか否かが未確定の間は売主に対して代金支払を拒絶し得ず、従つてこの場合に売主に対して当該不動産の明渡を請求するときは、常に買主の代金支払と引換給付の関係に立つと解すべきであつて、さもなければ、売主の留置権又は同時履行の抗弁権は実効の乏しいものとなるであろう。そして右の関係は借地法上の建物買取請求権行使の対象となつた建物に根抵当権が設定されている場合でも異なるところがないのみならず、根抵当権の場合には債務額が常に不確定であるから、原告が本件建物につき滌除の手続を終える迄は前記の買取代金の支払を拒絶し、被告会社の留置権行使を妨げ得ると解することはできない。

従つて被告会社は原告に対し、本件建物の所有権移転登記手続(これは留置権行使の対象とならない)をする義務を負うほかに、原告から前記建物買取代金の支払を受けるのと引換えに本件建物及びその敷地たる本件土地を原告に引渡す義務を負うことが明らかであるから、同被告は右の土地引渡を完了する迄の間本件土地を使用することにより地代相当額の不当利得を受け、これを土地所有者たる原告に償還する義務を負うものであるところ、成立に争いのない乙第一号証(地代領収証)の記載によれば、原告は訴外志賀から本件土地につき昭和三十年五月以降昭和三十一年二月迄の間一箇月金七〇〇円宛の地代を領収していた事実を認め得るから、被告会社は原告に対し右土地引渡済に至る迄一箇月金七〇〇円の割合による金員を不当利得として償還する義務を負うものと言うことができる。又本件建物中別紙第三目録記載の(二)の部分は現に被告小宮喜一及び同渡辺功が共同して使用していることは前記のとおりであるから、本件建物中被告会社が現に占有しているのは同目録(一)記載の部分のみであることが明らかであり、従つて被告会社は原告に対し右直接占有に係る建物部分のみの明渡義務を負うものと言うべきである。なお又、本件建物の所有権が原告に移転した以上、被告会社は原告に対し右建物の敷地たる本件土地を更地として明渡す義務を負うものでないことは当然である。

次に、被告小宮喜一が本件建物中別紙第三目録(二)記載の部分を訴外志賀から賃借していた事実及びその後同被告がその女婿である被告渡辺功と共に右建物部分を被告会社から引続き借受けて使用している事実は当事者間に争いがないから、右両被告は右建物部分の賃借権をもつて前記のように本件建物の所有権を取得した原告に対抗し得るものである。原告は、本件土地の賃貸借が消滅したのであるから、地上建物の従前の賃借人たる右被告らは土地所有者たる原告に対し建物から退去する義務を負う旨主張するが、元来借地法が土地賃貸借の消滅した場合に地上建物の買取請求権を認めた趣旨は、建物を建物として利用することを継続させるという政策に由来するものであり、又建物買取請求権行使の結果、第三者に対しては一般の建物売買の場合に比して不利益を蒙らせるべきでないから、買取請求権行使の対象となつた建物を従前から使用している正当な建物賃借人がいる場合には、買取請求権の行使と同時に、建物の所有者となつた敷地賃貸人と建物賃借人との間には、当然借家法第一条によつて直接に建物利用の法律関係が生ずるものと解すべきであり、他方このような場合には、建物の買取価格の評価にあたり、建物賃借権が付着していることを考慮して買取価格を決定することによつて、建物買取義務者が不利益を受けることは免れ得るのである。従つて右と見解を異にする原告の主張は、これを採用することを得ない。

結局原告の本訴請求中、被告会社に対する請求は、同被告に対し本件建物の所有権移転登記手続を求め、原告の同被告に対する金二一万七〇二〇円の支払と引換えに本件建物中別紙第三目録(一)記載の部分の明渡及び同目録(二)記載部分の引渡並びに本件土地の引渡を求め、かつ訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和三十一年六月二日以降右土地明渡済に至る迄一箇月金七〇〇円の割合による金員の支払を求める限度において正当であるから、これを認容すべく、同被告に対するその余の請求は理由がないから、これを棄却すべく、被告天明喜一に対する請求は、同被告がその占有部分を占有する正当な権原につき何らの主張も立証もないから、右占有部分の明渡を求める請求を認容すべく、被告小宮喜一及び同渡辺功に対する各請求は理由がないから、これを棄却すべく、訴訟費用は各敗訴当事者の負担とすべきところ、原告と被告会社間に生じた部分については民事訴訟法第九二条但書を適用して全部同被告に負担させることとし、なお仮執行の宣言については、被告天明に対する請求及び被告会社に対し金銭の支払を求める請求部分については同法第一九六条第一項を適用して無条件でこれを付することとし、被告会社に対する請求部分中その余の勝訴部分については、これを付すのを相当と認めないから、これを付しない。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾 入山実 大和勇美)

第一目録

東京都大田区調布鵜ノ木町三〇八番

家屋番号同町四七〇番

一、木造瓦亜鉛メツキ鋼板交葺二階建店舗一棟

建坪 二六坪二合五勺

二階 一〇坪二合五勺

第二目録

大田区調布鵜ノ本町三〇八番一

一、宅地二一八坪

のうち、西側道路に面し南端から三間三分の一北寄りの地点から北寄りに間口四間、奥行右土地の東端に達する、面積四五坪の土地。

第三目録

(一) (被告天明喜一に退去又は明渡を求める、同被告の占有部分)

第一目録記載の建物中階下の左図(イ)の部分

(二) (被告小宮喜一及び同渡辺功に対し各退去又は明渡を求める、同被告らの共同占有部分)

右建物中二階全部及び階下の左図(ロ)の部分

図<省略>

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